「全員集合!」

手塚部長の声で集合がかかる。朝一番のこの集合は部員全員(マネージャー含む)が集まらなくてはいけない。

練習の最初と最後。これは確実に全員集合だ。朝一番に、午前、午後の練習メニューが発表される。

午前のメニューというのは、もちろん俗に言う「朝練」というものである。

練習メニューはかなり多い。だからマネージャーにも練習メニューが渡されることになる。

一応朝に発表はするが、もちろん勉強し終わった午後に、練習メニューを覚えている人はなかなかいない。




「うわ…またハードな練習メニューね……」 
 
 
 

 
Love Forever




よく晴れた今日、金曜日。午前のメニューは持久走。のちに自由練習。

午後のメニューには校舎周りのジョグ、ダッシュをはじめサーブ、ボレー、スマッシュ練習など。(もちろんレギュラーメニュー)

その後に自由練習というものだった。


……越前に苦手なものはあるんだろうか。ほっといたらサボられそうで気が気でない。



「おっちびー!ボレー対決しようにゃー!」



持久走が終わった後、菊丸が遠くのほうから越前の呼びかける。その声に反応したように、越前の動きが止まった。

菊丸がラケットを手首周りにくるくると回しながら近づいてきた。



「先輩、またボレーっすか。俺、サーブ練習したいんスケド。」



菊丸はよく越前にボレー対決を持ちかけている。

ただ、菊丸が勝つこともあれば、リョーマが勝つこともあるという、いわば白黒はっきりついてないという状態。

菊丸のいうボレー対決とは、どのようにボレーを返せるか、というまぁ打ち方対決。

(……ボレーってそんなにやり方あったっけ)

という沙依。まぁ、普通はしないであろうボレーをこの二人は対決する。

はたから見ればとても面白いものなのだが、菊丸にとっては真剣勝負なのである。


「ちぇー、じゃあいいよーん!残念無念まった来週〜」


さて、今の残念無念は誰に言ったものなのだろうか。










「で、沙依。」

「ひゃぁい!!?」


もんもんとボレーの打ち方を考えていた沙依。一気に現実に引き戻された。

ボレーの打ち方を考えるということは、少しマネージャーの自覚が出てきたということか……。

それはまだ誰にも分からないが。


「どっから声出してんの?ボール、取りに行くよ」


ボール?ボールって?確か朝練が始まる前に、いっぱい用意しておいたはず。

はい?なんで?


「なんでって顔してるから言うけど、あれでボールの数足りると思ってんの?」


一体それはどういう…。

越前に指差されたところを見ると、コートの片側から次々とサーブ練習をするものがいる。

もちろん、練習時間は無駄にするわけにはいかないので、ネットの向かい側にボールを取りに行くわけでもない。

=ボールは次々となくなっていくわけで。



「あ、なるほどね。じゃああたし一人で行くから。先に練習してなよ。」



あたしは好意から、こう言った。

やっぱりこういう少しの時間でも、練習の邪魔になっちゃいけないと思ったから。

でも越前は、絶対に一人では行かせはしない。


「沙依一人だけ行かせたら、俺が後で先輩たちになんて言われるか分かってんの?」


先輩は、マネージャーに甘い。

たとえ沙依が越前の専属マネージャーであったとしても、だ。


(そんな時に優しくされてる沙依なんか見てられるか)


そんな内面も表情には出さず、淡々と沙依と過ごしていく越前を、またも那智と桃城が見守っていた。


「あーじれったりぃなぁ、じれったるいぜ」

「越前君、なかなか可愛いわね」

「!那智、もしかして…越前のこと……」

「は?ばっかじゃないの?」


さて、この二人はいつになったら自分の練習、仕事へと移るのでしょうか。













時は過ぎて、四時間目の古文。

(あー、あたし全然助動詞の活用表覚えてないわ…)

沙依が黒板をまじまじと見ながら先生の説明を聞いているにも関わらず、越前は夢の中。

テニスのときもさることながら、授業中もあいつは恐いことはないのね。いい度胸してるわ、全く。



というか、こんなんでテスト大丈夫なの?赤点とったら補習で部活いけないじゃん。

っていうか、手塚先輩にかなり怒られそう…手塚先輩、常に学年一位だもんね…。

文武両道。まさにこの言葉がもっとも似合う人。素敵♪

じゃなくて、授業、授業。あたしもそんなこと言ってられる立場じゃないんだから。勉強、勉強。




「じゃー次の問題は…越前君。…越前君!」



うわー寝てるから当てられるんだよ。ばっかだなぁ。

つーか寝たままなの??起きろよッ!



「……あー、はい。意味は推量で、終止形っす。」


「はい、正解です。ちゃんと起きておくようにね。」


「うぃっす」



な、な、な、な、なんでー!?寝てたじゃん!問題どこやってるか分かってんの?

……………Is he an ESP person?

や、違う。そんなわけない。



…なんかすごい悔しい。

マネージャーになってから勉強する時間が極端に減ってしまった。

中学のときの範囲は理解してるけど、新しい単元がなかなか難しくて困ってる。

あたしこのままだと、何にもできない女になっちゃうよ。

テニスができるわけでもない。完璧なマネージャーをやってるわけじゃない。勉強もとびぬけてできるわけじゃない。


あたしのいい所って何?あたしの取り柄って何?




考えたら考えるほど自分のことが分からなくなって、情けなくなっていった。

表情はみるみるうちに変化していき、それから国語の授業が終わるまで、沙依は下を向いたまま顔を上げなかった。



そんな彼女を、少し離れた席から越前が見ていたことを、沙依は知らない。





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