だめ、もうあたしはあの怪盗から抜け出せない。 そう、もうあの怪盗の虜。 夜に魅入られた怪盗は、素敵過ぎた。 Promise on that day またお会いできることを楽しみにしています、なんて。 なんてキザったらしいセリフ。 それでも、私の頬は温かいままでむしろ熱くて。溶けてなくなってしまうんではないかと思ったくらいだった。 しかしながら、あの怪盗はしばらく私の元に現れることはなかった。 いつもいつも夜になれば考える。なんだか、すごく自分が惨めな気がして仕方がなかった。 現れるかどうかも分からない怪盗を毎日待ち焦がれて、でも現れなくて会えなくて意気消沈して。 最近すごく疲れた。待っているだけがすごく疲れた。 またあの時みたいに探しに行ってもいい。だけど、もし拒絶されたらどうしようなんて、考えていた。 もう周りの家の家の明かりは、すべて消えていた。 ふと時計を見れば、もう二時を回ろうとしていた。 ただただ、少し姿を見せてくれるだけでいいのに。それだけで、安心できるのに。 ただ、姿を見れたら安心できるのに。やっぱり、あたしから赴くのが道理なのか… 「ねぇ、いつになったら会えるのよ…」 「ここにいるじゃないですか、嬢」 ふと聞こえた怪盗の声に、体が、心が反応する。 すぐに姿を確認したくて、その怪盗に触れたくて、周りをぐるりと見渡した。 それでも、その怪盗の姿をこの目で見ることはできなくて。 「嬢、ここですよ」 その怪盗は屋根から、その白いスーツに、白いマントを翻して現れた。 その登場の仕方は、まさに何かを盗みに来たというような静かな登場だった。 「なん…で?」 あたしはその今、会いたいと思っていた怪盗がまさに今ここにいることが理解できなくて、 それでも何故だかすごく嬉しくて、こうやってここに来てくれることがすごく嬉しくて。 「前回は嬢から会いに来ていただいたので、今度は私が赴くのが道理だと考えたのですが。」 そうやって白い歯を出してニカッと笑う顔がすごく無邪気で、何だか私もクスリと笑ってしまった。 こうやって静かに登場するところが、いかにも怪盗だった。 「夜分遅くにすみません。ただ無性に嬢に会いたくなったもので」 その言葉は、私の鼓動を速くさせた。本当にキザ。ほんっとにキザ。 でもさ、あたしも会いたかったよ。 「すごく…会いたかったよ、あたしも。」 いつも月を見るたびに、あなたのことを思い出すの。 なんでかな。いつもあなたの傍にはいつも月がある気がして。 その月を見るたびに、あなたの笑みとそのマントを翻す姿が脳裏にすぐ浮かんできて。 そして、無性にあなたに会いたくなるの。でも、あたしからあなたに会いに行くことはできないじゃない。 だから、いつもいつも窓の外を眺めて待っていたの、あなたのこと。 「嬢、そんな格好だと風邪を引いてしまいますよ。」 そんな格好…確かに言われてみれば、馬鹿げた格好かもしれない。 こんな夜に、パジャマの上にちょっとしたカーディガン。 言われて意識してみれば、あまり感じなかったそとの温度が、少し寒く感じられた。 「これは、私からあなたへのプレゼントです」 なんて言われて肩に掛けられたのは、厚めのニットのカーディガンで。 キッドがどうしてこんなプレゼントを持ってくるのかが分からなかったが、好意は受け取りたかった。 「ありがとう。すごく暖かい。…でも、これ盗品じゃないよね?」 さすがに盗品を持ってこられたら、私とキッドの繋がりがばれてしまいそうで。 キッドがここに来ていることがバレてしまい、もう二度と会えなくなるようなことは絶対に嫌で。 「安心してください、そのようなことは断じてありません。普段は普通の男ですから」 そうか。これは怪盗キッドの戦利品ではなく、普段の姿の彼からのプレゼント、ということね。 でもね、キッド。私はあなたの普段の姿を知らないの。知ってしまえば、なんだか二度と会えなくなる気がするの。 だから、聞かないよ。でも、いつかは教えてくれるよね?本当のあなたの姿。 「私ね、怪盗キッドってもっとおじさんだと思ってた。でも、若いよね。同じくらいなのかな。」 怪盗キッドは昔から活躍していた。色々ネットとかで調べて、活動暦とか盗んだものとかたくさん調べたけど。 あの年代に活躍していたなら、今はもうとうのおじさんだろうと。 でも、かなり若いような気がした。それも、自分と同じくらいの年か、いくらか上か…。 声色は自由に変えられるらしいけれど、多分私と話してる時は地声。そんな気がする、というよりもそうであって欲しい。 「私の都合により、素性を明らかにできない無礼をお許しください。」 肩ひざを地面につけ、まるで騎士が姫に礼をするように、彼はお辞儀した。 何だかその姿にびっくりしてしまって、私は何も答えることができなかった。 「ただ、嬢と共に学内恋愛ができる歳ということはお伝えしておきましょう。」 「あ、…へ?」 突如、私の唇に温かいものが触れた。 それが、キッドの唇だと理解するのにはかなりの時間がかかった。 「このキスは私の秘密を共有した証、ということで良いですね。」 そしてこのキスも、秘密です。だなんて。 本当にキザなんだから。でも、やっぱり……好きなんだよね…。