自分が命を狙われているのは分かっていた。 それでも、怪盗キッドを続けようと思った。目的を遂げるまでは。 Under The Moon まさか、警察がここまで自分の所在地やトリック、逃走経路を完璧に調べているなんて思いもしなかった。 今回の事件は、どうやら手強いジョーカーを警察側は味方につけているみたいだ。 警察官が自分を見つけ、いつものごとく変装して逃げたものの、まさかばれるなんて思ってもいなかった。 更には、通風口に入り込んだ自分を刑事が追いかけてくるなんてことは初めてだった。 大体自分が煙を撒き散らし姿を隠すと警察は追いかけてこなくなるのに、今回はやけに頭のキレがよかった。 考えると、すぐにわかった。警察が、頭の切れるジョーカーを味方につけているに違いないと。 考えはすぐに当たる。室内のアナウンスに、そいつの声が流れた。 「はじめまして、怪盗キッド。俺は高校生探偵、工藤新一。」 ああ、あいつか。高校生探偵として、数々の難事件を解決し新聞にも取り上げられた、あのキザか。 道理で。いつもの警察にしては、俺の動きを把握しすぎだ。 捕まるわけにはいかない。俺の日常生活も、俺の怪盗キッドとしての使命も。 しかしながら、俺は柄にもなく追い詰められてしまった。 あれこれと、逃げ出す手段を考えてはみても、いくらIQ200の頭をフル回転させても逃げ出す手段は思いつかない。 とりあえず出口を見つけ、そこに出て警官を催眠スプレーで眠らせるしかないか。 作戦は一応たった。通風口も見つかった。 しかし、通風口を開け、降り立つと、そこには少女が一人居た。 その少女はにっこりと微笑み、自己紹介をし始めた。 「はじめまして。私はっていうの。あ、安心して。別に貴方を捕まえたくてここにいるわけじゃないから」 わけが分からなかった。 警察でもないこの少女が(まぁ年は俺と同じくらいの高校生だと思うが)自分の逃走経路を推理していたなんて。 その上、自分を捕まえる以外にこの建物には出入りする必要はないはず。 この少女も怪盗なのか、探偵なのか。それとも警察官のお偉いさんの娘か、孫か。 「なんかあれこれ考えてるみたいだから言っとくね。あたしは新一の幼馴染。」 ああ、それでこの建物にもあっさりと入れたわけだ、と妙に納得した。 しかしながら、あの名探偵の幼馴染とは、少々危ない存在ではあるわけで。 その少女が探偵だ、という可能性も高いわけで。 だからといって、人を殺めるのは怪盗でも、俺のポリシーに反するわけで。 「あ、でもね、さっきも言ったようにあなたを捕まえたいわけじゃないの。」 全く持ってわけが分からなかった。 それならば、俺を捕まえたいわけではないのなら、そこを退いていただきたい。 俺は今、大変危機的な状況に陥っている。それくらい、分かるだろう? 「嬢。そこを退いていただけませんか。私は今逃走中でありまして…」 あ、ごめん、そういいながらパッと俺の正面から横にそれた彼女。 本当に一体何がしたいのか訳が分からないが、とりあえず逃走するまでか。 「-----おい、!そこに怪盗キッドいるか!?」 彼女の持つトランシーバーから、あの名探偵、工藤新一の声が聞こえる。 俺はその声に反応しピタリ、と止まった。 彼女は俺を捕まえたいわけではないらしいが、俺の胸中は穏やかではない。 今ここで彼女に居場所を言われてしまえば、俺は彼女を催眠ガスで眠らせて逃走しなければならない。 できるならば、そういうことはレディにはしたくはないのだが、やむを得ない状況なのか。 「や、いないんだよね、それが。新一の推理も外れるんだね。また連絡するよ」 何故だ、どうしてだ。こんな場所に入れる理由は、俺を捕まえたいからじゃないのか。 それなのに、今俺の息の根をすぐに止められるくらいの距離にいるのに、なぜ俺を捕まえないんだ。 「あたしね、貴方のことすごく気になるの。」 あれこれと考えているうちに、目の前の彼女は驚くべき発言をしたのだ。 俺が気になるだって?そんな馬鹿な。 俺の恐るべしライバル、工藤新一の幼馴染である彼女が? 「で、一体どういうことですか嬢。」 「だから、あなたのこと悪い人だと思わないの。宝石だって、きちんと持ち主に返しているでしょ?」 確かに俺は盗んだ宝石は、きちんと持ち主に返している。 俺が狙う宝石は、ビックジュエルのみでいつもビックジュエルだと思って盗んだ宝石は目当てのものでもないし。 そんなもの、持っていても俺の正体がばれるだけ。そんなもの、俺には全くの不必要だからだ。 「それを理由で、私は悪い人ではないと?」 「うん」 そう頷いた彼女は、何故なのか理由は全く分からないが、確かに微笑んでいた。 いや、微笑むというよりか、満面の笑みだったというほうが正しいのかもしれない。 「よく意味が分かりませんが、あいにく私は逃走中でして。これにて失礼させていただきます。」 「あ!待って!!」 逃走しようと窓際に立ち、ハンググライダーを広げた時だった。彼女に呼び止められたのは。 しかも、マントを掴まれていては、飛ぼうにも飛べない。 「あたし、余裕ぶってたけど、だけどっ…あなたのことが好きなの!」 彼女のマントを持つ手が、更に強く握られたことを、自分の肩が感じていた。 「私、また貴方を探しに来るから!だからっ…」 彼女の声はそこから何も発されなかったが、俺はなんとなく彼女が言おうとしていたことを察した。 後ろを振り向き、彼女の掴んだ手をそっと握った。 「いつかまた、月下の淡い光の下で、貴女とお会いできることを楽しみにしています。」 彼女の瞳から、一滴の涙が零れた。 「その時まで、名探偵に心移りなさらないでくださいね。」 俺は彼女の手の甲に、そっとキスを落とした。