目の前に降り立ったのは銀翼を持った、気性な怪盗さん。 紳士的な行動に、華麗なマジック。誰もが目をひかれるモノクルで隠された顔。 ああ、綺麗。ああ、素敵。ああ、あなたの顔を見たいわ。 怪盗キッド、夜空に現る 今日学校で一日中話題が尽きなかったのは、あの怪盗キッドの予告状のせいだ。 今日の朝、ご丁寧に警察に予告状を出したらしい怪盗キッド。 朝のニュースは全てそれに変わってしまい、結局いつも朝食を食べながら見ている番組は見られなかった。 毎日それを見ながら学校までの時間を過ごすというのに。 いつもの習慣を崩されたようで、そしていつもの話題が全て怪盗キッドのことでいらいらしていた。 「よぉ、。何いらいらしてんだよ」 この同級生、腐れ縁の黒羽快斗のことでも。 そして横からひょっこりと顔を出した、青子ちゃんを見ると更にいらいらとする。 いつも一緒に居て。もう付き合ってるも同然。皆は二人が言い合っているのさえ、温かい目で見守っている。 ああ、嫌だ。嫌だ。この温かい眼差しが嫌だ。この二人の会話がうっとおしい。 快斗と話したいだけなのに。それにさえ青子ちゃんが付いてきて。二人で仲よさそうに話しているのが悔しい。 ガタン、と席を立つと私の横でいつもどおり痴話喧嘩していた二人の声が止む。 教室にいる何人かが、イスの音にびっくりしてピタリと止まったが、すぐにまた元に戻った。 「おい、どうしたんだよ」 普通な顔をして話しかけないで。 青子ちゃんの傍にいて、幸せそうに笑って。悔しい。悔しい。 ただ話したいのに。ただ、私だけを見て欲しいのに。話をするだけで更に好きになってしまう私は馬鹿だ。 「別に何でもないから、放っておいて」 あなたのその行動にいらいらするのよ。あなたのその優しさが、私の辛さを増幅させるのよ。 快斗が好き。だけど、相思相愛の二人を引き離すわけには行かない。 たとえ誰か代わりの人でもいいから、誰かに慰めて欲しい。 「あー、怪盗キッドとか夜にふらーっと現れてくれないかなー」 怪盗キッドにみた、快斗。モノクルを外した顔を見たことはない。 けれど、少し似ている気がした。キザなキッドが、この馬鹿みたいな快斗なんてありえないとは思っているけど。 それでもテレビに映ってしゃべっている怪盗キッドが、とても快斗に似ていた。 だから、怪盗キッドでも現れて私に甘い言葉でもささやいてくれたら、辛いことは忘れられる。 怪盗キッドが居てくれたら、快斗のことは忘れられる。もうこんな辛い思いをしなくてもいい。 怪盗キッドに快斗を重ねて見れば、きっとそれは愛に変わるはず。 「、怪盗キッドに興味あんのか?」 「もちろん、大好きよ」 ええ、もちろんあるわよ。あなたに雰囲気が似ているんだもの。 でも、全然似ていない。怪盗キッドはとても紳士的なのよ。キザだけれど、女性のハートを盗んでいくのがお上手で。 怪盗キッドが好きだと言えば、少しでも妬いてくれるかな、なんて考えは甘かった。 「バーロー、あいつは怪盗だぜ?」 もちろん知ってる。だから私の心もこうしてするり、と奪われたんじゃないの。 あの紳士的な行動は、きっと一途に女性を愛してくれるに違いない。 人を傷つけることをしない怪盗が、人の心を簡単に傷つけるはずがないじゃない。 「じゃあさ、今日の予告状に書いてあった場所。えーとどこだっけか。あ、博物館。行くのか?」 「中には入れないけどね。一目でも見られたら嬉しいし。」 そう、快斗にそっくりな怪盗さんを見つけられたら、快斗を忘れられるから。 「え!ちゃん、あの博物館行くの!?やめたほうがいいって!怪盗キッドだよ!」 あんな泥棒なんか絶対に嫌いだ、と豪語する彼女、青子ちゃんにまたしても耐え切れなくなった。 それでも私は高校生。平然を装って、普通に。普通に。 「いいんじゃねぇの、本人の自由だろ?」 快斗はどうやら私と同意見のようだ。けれども快斗が青子ちゃんとの会話に入るのは、青子ちゃんと話がしたいだけで。 決して私をかばっただとか、彼がキッドに憧れているなんて有り得ないと思った。 彼はいつもキッドの話になるとキッドを批判したりもするし、あまり好きではないのだと少し感じたことがある。 「そう、私の自由ね。心遣いありがとう、青子ちゃん」 私は、馬鹿だ。快斗との会話に青子ちゃんが入ってくることなんかいつもなのに、いつもそれを平然と受け流しているのに。 今日は平然と受け流すことができなかった。強制的に話を切って、逃げただけだ。 カツカツと、私のローファーが無機質な廊下を鳴らす。 少し離れた女子トイレに逃げ込んで、思わず地を思い切り踏んだ。 悔しかった。かばってくれたかの様に思えた彼の行為にすら、きちんと返すことのできない立場が。 好きな人に彼女にも近い幼馴染がいる。だから私はそんなことをしてはいけないのだ。皆が見守っている、二人の幸せを。 夜が暗くなるのも早くなった。もう六時には真っ暗だ。そんな中、キッドは夜の11時に出没するというのだ。 キッドは予告状の内容を変えることはないし、たとえ誰か別の人に出されていた予告状だとしても、その嘘を晴らすために姿を見せる。 白くなる息を、手で覆い、尚且つその蒸気で自分の手を温めて。キッドが予告した夜11時に。 警察のパトカーの赤いランプを見下ろすような形で、私は彼の登場をひたすら待っていた。 どうか、快斗を忘れさせてくれますようにと。暗闇に飛ぶ白い羽の怪盗に、どうかこの快斗を想う気持ちを奪ってくださいと。 そうしてキッドは現れた。まさしく11時、ちょうどに。 しかし、キッドは博物館には向かわずに、こちらに向かってきた。 後を振り返ってみるが、何もないし、誰もいない。どうやら私に向かって飛んできているようなのだ。 「はじめまして、お嬢さん。私は怪盗キッドと申します。」 まさか。ありえない、あの怪盗キッドが?一体これは、本物の怪盗キッドなのだろうか。 私は未だに現状を受け入れられずに、ただ呆然と、いや唖然と突っ立っているだけだった。 「お嬢さんが私にお会いたがっているとお聞きして、やってきたのですが?」 とりあえず、思考回路の整理をしろ。私。それはまず、ありえない。 私は怪盗キッドが予告状を出したから、彼が少しでも見れる場所に移動しようと思ってここに来ただけで。 事前と察知することは不可能なはず。 私が今晩、まさしく今、キッドを見にこの場所に来ていることは、快斗と青子ちゃんしか知らないはず。 「どうして、あなたは私が会いたがっているって知ったの?なんで、あなたに会いにここにいるって、知っているの?」 疑問ばかりが頭を駆け巡る。一体キッドは何者?ただの手品師ではないのか? 手品というものは人の心まで読むことが出来るのか。いや、それはない。手品には仕掛けがあるから。 それではなぜだ。考えて出てきた答えが一つしか浮かばなかった。 快斗が怪盗キッドである、ということ。 やっと冷静になった頭で、考えが最後のゴールにたどり着き、やっと冷静にキッドの顔を見ることができた。 それはまさしく快斗、だった。ただモノクルが少し邪魔をしているけれど、ずっと思い続けた人の顔は半分もあれば十分だ。 「…かっ!かい……!!」 驚いて叫ぼうとした私の口は、見事に怪盗キッド、いや、快斗に塞がれてしまった。 彼の白い手袋が顔の半分以上を覆い、なかなか息苦しいものだった。 「あまり大きな声でおしゃべりにならないで下さい。」 そう言われて、私は苦しかったこともあってか、ぶんぶんと縦に首を振った。 彼の手が離された瞬間、私は思い切り息を吸い込んだ。まるで息を吸い込む声のようだった。 「快斗だよね?快斗なんだよね。」 「なんだ、まだ信じられねぇのか?」 信じられるわけがない。ものすごく大好きで、ずっと憧れていた怪盗キッドが快斗だったなんて。 ずっとずっと大好きな快斗が怪盗キッドだったなんて。心臓の鼓動が、脳天まで突き抜けるように大きく脈打っていた。 「がいたから、わざわざ来たんぜ?しかも、正体ばらしたのも、が初めてだってのに。」 が初めて。ああ、嬉しい嬉しい。やっと私が求めていたもの。 愛しい愛しい快斗。あなたが怪盗キッドでも全然構わないわ。私は快斗が大好きなのだから。 「ありがとう、快斗。快斗もキッドも大好きよ」 *黒羽快斗=怪盗キッドです☆