私の彼氏は財閥のおぼっちゃまで、かくいうあたしは普通の一般人。
何であたしは彼女なのだと自分でも思ったことはある。けれども好きなのだからそんなこと考えてられない。


「あーん?今日も一緒に帰らねぇってのかよ、かほり」


見下ろされたあたしは下を向く。この人を怒らせてしまい、嫌われてしまうのは怖い。
この綺麗でかっこいい優しい啓吾に見放されてしまうのかと考えると怖い。

「理由を言え」

昨日は友達と帰りに買い物に行くと言って断った。今日は…

「帰りに買い物しなくちゃいけないの。」

少し目の前にいる少年を上目遣いで見上げればじっと見つめる深いブルーアイ。

「はぁ、また買い物かよ。そんなの俺様が付き合ってやる。だから一緒に帰れ。」

命令口調はいつだって変わらない。俺様何様跡部様。付き合い始めたころはとても嬉しかった。
だから跡部の言うことはきちんと聞いていたし、どんなに無理なことを言われても、頑張ってやってきた。
こうやって心配して言ってくれるのも嬉しい。けれど…

「ごめんね、啓吾。啓吾が来たらびっくりするような所だから」

あたしが行くのは普通の近所の八百屋。あたしがコンビニに行くようにでも思っているのだろうか。
いや啓吾はコンビニでも驚くだろうか。まず啓吾は八百屋という場所を知っているのだろうか。

「一体てめぇはどこに行くつもりなんだよ。」

ここで八百屋、と言ってしまえばいいのだろうか。八百屋で理解できるのだろうか。とりあえず言ってみなければ分からない。

「八百屋さん。野菜買わなくちゃいけないの。あたし野菜不足で、貧血気味だから。」

高校で一人暮らし。贅沢だとは思っている。しかし、親がいないのだから仕方がない。
小学生のころ父親がアメリカへ転勤し、家族で引っ越したからだ。私が中学三年生の最後のときたった一人で日本へ戻ってきた。
だから高校に入ってから一人暮らしって感じかな。
親は未だにアメリカ。よく高校生で一人暮らし、許してくれたなぁ。そんなことを思っていると、啓吾に腕を掴まれた。

「一旦、お前の家帰るぞ」

ずかずかと歩いていき、いつもの待たせていた出迎えのリムジンへ押し込むように乗せられる。
前につんのめって思わず「ぎゃっ」と叫んでしまった。
啓吾に「お前はもっと女らしく叫べねぇのか」と言われたから「いたぁーい」と言うと「気持ちが悪い」と言われる。

むつっと頬を膨らましていると、「何膨れてんだ、ばーか」と言われた。乙女心を分かっているのか分かっていないのか。
キッと睨み付けると、ハハハと笑われておしまい。あたしは啓吾には勝てないのだ。何をしようと。


普通のマンションの前にリムジンが停まる。何人かがいつもリムジンを見下ろす。そのせいであたしは何人もの住人に声をかけられた。
「なんでそんなにお金持ちなのにこのマンションに住んでるの」だの嫌味もいっぱい言われた。
あたし自身は決してお金持ちではないし、そんなに贅沢がしたいと思わないのだ。ただ私の彼氏の金銭感覚がおかしいだけで…。

啓吾には他にもっといいマンションの最上階を用意してやる、と言われた。
けれどもあたしはきっぱりと断った。啓吾に甘えるのも良くないと思うし、あたしはお金目当てで啓吾と付き合っているわけでもない。
啓吾自身に引かれたから。