ただ、根本的に合わないといったところだろうか。

わたしはあの人のすることに苛立つし、あの人はわたしのすることに苛立つ。

わたしはあの人が嫌い。あの人もわたしのことが嫌い。

顔をあわせないでいいとなれば、どれだけ楽なんだろうか。そんなの決して無理な話だ。



あの人はわたしの姉なのだから。







二番目の存在








わたしの姉は、有名進学校に通い、学校の期待を背負った、いわば期待の星とでも言うべき高校生。

それに比べてわたしは、部活に生きる中学生。特にできることもないし、勉強もそれほど出来るわけではない。

「似てない姉妹ね、」そう言うおばさんはいつも嘲笑っているかのように、にこにこしていた。

姉に比べられるのにはもう慣れた。いつだってそう、わたしの姉がナンバーワン。

周りの人はそう思っている、少なからずわたしの姉もそう思っている。自分が一番でないと、気がすまないのだ。

わたしは、わたしの姉の妹 という存在でしか見られていない。もう15年も生きてきた今では、そんなもの今更どうでもいい。

それよりも慣れないことが1つある。それは、わたしより1つ上の「わたし」の好きな先輩が、「わたしの姉」を好きなのだ。

その先輩とは同じ部活で、気の合う仲ではあった。先輩は頭もよく、運動も出来て、性格もよく、一般的に言う「何でもできる男」だった。

先輩は迷うこともなく、わたしの姉の通っている有名進学校を受験し、見事合格した。

それ以降、先輩とのメールには必ずわたしの姉のことが書かれている。

わたしはいつもその話しをする先輩に、正直うんざりしていた。それでも好きな先輩だから、性懲りもなくメールをしてしまう。



「ねぇ先輩、明日会える?」

「明日はー・・・ちょっと・・・部活なんだわ」



先輩は、わたしの姉と会うのを楽しみにしている。そんなこと、わたしは先輩を好きなんだからすぐに分かる。

姉とは違う部活だけれど、同じ運動部だからきっと見れることを楽しみにしているのだろう。

そんなの見たってどうなるというのだ。・・・わたしも、先輩に会うことをとても楽しみにしているから、人のことは言えないけれど。

それでも明日は絶対に会わなければならない。会わなければ、きっと永遠に言えなくなってしまう気がする。



「少しだけで良いから、部活終わった後でも。お願い」

「何か知んねぇけど、そこまで言うならいいよ」

「待ち合わせどこにする?どこでもいいよ」

「じゃあ、お前ん家行くから」

「いい。そんなの悪い。」

「部活終わるの遅いから、女の子一人でふらふらさせらんないし」



どんな理由で、わたしのところに来てくれたっていい。ただ、気持ちを伝えたいだけなんだ。

報われなくたっていい。ただわたしは、先輩にとって強烈な印象を持つ、忘れられない人になりたい。

ただこのままだと、わたしは忘れられなくなってしまうから。わたしだけそんなのずるい。だから、先輩にも同じように。


自分のエゴで自分の気持ちを押さえつける。


私にはそうすることしかできなかった。















「どしたんさ、急に」


部活が終わった後、そのままわたしの家に寄ってくれた先輩。わたしはとりあえず、と言い部屋に上げた。

先輩を家に上げたのは初めてではないが、それは先輩がわたしの姉に会う前。また違うのだろう。

あたりをきょろきょろと見回すように、わたしの部屋へと進む。

わたしは自室の扉を開け、お茶持ってくる、と告げ部屋を出た。



ただいま、とわたしの姉が部活から帰宅してきた。わたしの姉は、玄関にある男物の靴を目にし、顔をしかめた。

それでも姉は、わたしの前では何も言わずに「お友達?」とだけ聞いてきた。嫌いならば、はっきりと口にすればいいのに。

そう思ってしまうのは、わたしが姉に対してそういう態度を躊躇せずに取っているのからなのだと実感せざるを得ない。

わたしはそんな姉に対し気分が悪くなり、答えもせずに台所へ向かい、お茶を入れた後、自室へ戻った。



部屋を開ければ、先輩は携帯をいじって待っていた。


「もしかして、お姉さん帰ってきた?」

そう言って立ち上がり、部屋の外を覗こうとする先輩を、わたしは後ろから思い切り抱きしめた。

今までどんなに比べられても、大切なものを取られても、文句を言わなかったが、これだけは決して譲れないことだと分かっている。

だからこそ、余計なものが出てきてしまうのかもしれない。嫉妬心、という余計なものが。

、と苦笑いする先輩を、わたしはどんな目で見ていたのだろうか。

先輩は、わたしの目を見、そして固まった。


「先輩はわたしの姉が好きだけど、わたしは先輩のことが好きなんです、」


泣いてしまえば、先輩が困るのは分かりきっていた。だけど、これまでの辛い気持ちが連なって溢れ出てきた。

止めることは出来ないくらい、この胸はいっぱいだった。

両親の愛情だって、みんな全て姉に取られてしまった。周りの人の視線だって、みんな姉に取られてしまった。

頭の良さだって、人の受けの良さだって、全て全て取られてしまった。

そして、大好きな人の温もりさえも取られてしまうかもしれない。一人だったわたしを、支えてくれていた唯一の人でさえ。

離れて欲しくなかったのに、それはまた姉によって奪われた。わたしに魅力がないのは分かっている。けれど、姉のせいだと言い張るしかできないのだ。

泣く、という最も卑怯な手を使っているのは分かっている。けれども、先輩ならそれすら受け入れてくれるような気がしたから。



「ごめん、俺・・・」

「わたしが先輩の一番になれないのは分かってる。だけど、」


二番目の存在でもいいから わたしは傍にいたいよ


本当はそんなわけない。一番じゃなければ悔しくて苦しくて、仕方がないのに。

失うことと、二番を天秤にかければ、当たり前のように二番を選んでしまう。・・・情けないくらい好きだから。


いつの間にか、わたしの体は震えていた。呼吸すら、上手く出来なくなっていた。

姉のことを誰かに話すのは嫌だった。同情されるのが嫌だった。けれど、誰かに気づいて欲しかった。

先輩はわたしの心を察知することが出来るのだろうか。全て分かったように、困ったように優しく笑った。


先輩はゆっくりとわたしの方を向き、そしてやんわりとわたしを抱きしめた。


「俺は、のお姉さんのこと、そういうので好きじゃないよ」



少し掠れた低い声。わたしは今、先輩に抱きしめられている。そう思うと、泣きながらでも頬は熱くなった。

恋愛対象で好きではない、それが分かっただけで嬉しかった。

ぽんぽん、と軽く撫でられた頭を、先輩の胸に押し付けた。わたしの当て場のない思いが、やっと辿り着いたから。



「俺がのことを守るから。だからもう、苦しまなくていいから」


きっとこれは、告白などではない。分かっていた、そんなことは。それでも、傍にいられることは変わらないんだと実感した。

わたしは初めて、心の中にあったどす黒く重いものを、少しずつ溶かし始められた気がした。