「あーもう終わんない!」


誰も居ない校舎に、声が響く。

コンクリートの冷たい感じがよく伝わってくる。もうやだ。






プリント






「もー嫌!眠いし、手も痛いし!」


どれもこれも先生のせいだ。

今日の3時間目の数学で、授業始まったとたんにいきなり



「この間の点数で赤点だったやつ。おい、聞いてるのか!?」

「・・・・・・・・・は?」

「お前は今日の放課後、強制居残りだ」


なんて言いだすから。まあ、寝てたあたしも悪いんだけど。

ってゆうか赤点取っちゃったあたしが悪いんだけど。でも一人で居残りなんて聞いてないし!

あたしのクラス、他に赤点取った人いなかったの!?優秀すぎじゃない!?




「うわ。外、真っ暗じゃん。もうホントやめてよ」




部活も全部終わったみたいで、いつもにぎやかなグラウンドも静か。

一人でしゃべってるのも、本当は怖いから。

いつもの学校でのあたしじゃない。そう、あたしはいつも、自分を作っている。

今まで散々悪いことしてきて、やっとそれもしなくなった。

だけど、あたしが悪いことしてたのは寂しくて誰かに構って欲しかっただけで。

でもそんなことクラスの皆に見せらんないから、こうやって今でも自分作り。

いつかは知ってもらいたいけれど、上手くタイミングが見いだせなくて。

でも、あのには知られたくない。絶対。入学して見た時から駄目だった。

何か知らないけど苦手。あの目が恐い。

必ず、話したこともほとんどないのに苦手な人というものはいる。あたしの場合、それがカッコイイと騒がれているなのだ。



はぁ、とため息をつく。



目の前には大量のプリント。まだまだ終わる兆しはない。

一気に現実に引き戻された気がする。

こんなの終わるわけないじゃんか。先生もちゃんと考えて量出しなよね。

あたしはくるくるとペンを回して遊び始めた。というか特訓。

一般に浪人回しと言われるのは出来るのだが、小指から親指にかけて回すのができないのだ。

何度も練習して、さっきからペンを落としまくっている。



-----カシャン



ペンが無機質な教室の床に、転がり落ちる。と同時にあたしは足音を聞いた気がした。

足音くらい何てことない。と思いまたペン回しをしようとする、が。

ふと考えてみれば、今この校舎に人がいること自体おかしいのだ。

あたしに大量の課題を出した数学教師は、他の教師と職員室で会議中。

職員室はこの校舎ではなく、反対校舎。もしコピーなどする必要があっても、この校舎にはいないはず。

それに、部活が終わって一時間は経過した。一時間も学校に残る人なんかいない。きっと疲れてすぐ帰ってしまう。



-----コツ、コツ、コツ



足音は、あたしの教室に確実に向かってきている。そして妙にゆっくりだ。

あたしはどうも出来ずにおろおろしていた。

もし見知らぬ人だったら?それが強盗だったら?

もし誰もいなかったら?それが幽霊だったら?

どうしよう、どうしよう。お、お母さん!



足音は、あたしの教室の前で止まった。



ああもう終わりだ。きっと今まで悪いことしてきたあたしに、罰が下されたんだ!

きっとあたしは強盗に刺されて死ぬか、幽霊に呪い殺されるかどっちかなんだ!



------------------------ガラッ



「いやー!!」



あたしは必死に我が身を守ろうと、扉を開けたモノに向かって筆箱を投げつけた。

どうやらその足音の主は人間らしく、見事顔面にヒット。

あたしは教室の一番隅にいる。もし強盗だとしたら、逃げれる範囲だ。大丈夫。



「・・・・・・・・・」



ずるり、とあたしの筆箱がずり落ちた後、顔面を押さえていたのは、あのだった。

あたしはある意味の緊張感を覚え、何事もなかったかのように何も言わず自分の席に着いた。

ばからし。強盗か幽霊か何て色々考えていたが、結局はだったなんて。

他のクラスメイトだったら良かったのに。今なら本心言えそうだったのに。

よりによって、一番性格を知られたくないだったなんて。最悪。



「痛いんだけど」



スタスタとあたしの前まで来て、あたしの前の席に、あたしの方を向いてどん、と腰掛けた。

あたしは相変わらず無視。のおかげで勉強する気になったし。こいつに構うくらいなら勉強くらいしてやるさ。

ねぇ、とか なぁ、と何度も言うがうるさくて。



「うるさい」



と一言だけ返した。その言葉にはむっとした感じであたしの方を見た。

何か言うと思っていたが予想は外れ、は黙り込んだ。

あたしはこいつと二人という空気に耐えられなくて、口を開いてしまった。


「何でここに居んの?邪魔なんだけど」


集中できない、とだけ付け加え問題を解きながら言う。

目を見てなんか言えない。あたしはこいつの目が苦手なのだから。全て見透かすような目が。



「ってさぁ、なんでいつも悪ぶってんの?」



は本当に苦手だ。相手に有無を言わさず、自分のペースに持ち込んでしまう。

その上、ずけずけと触れて欲しくない話題に触れてくる。

あたしはビックリして、思わず顔を上げてしまった。と目が合う。どうしても視線を離せない。



「には、関係ない」

「関係あるね。」



どうしても心臓がドキドキと音を立ててしまう。

まるで、これから起こる何かを期待しているように。



「俺、のこと好きだし。」



さぁ、と音を立てて風が通り抜けた。

カーテンがパタパタ、と音を立ててはためく。

あたしは唖然としてしまった。それでも鼓動は、先ほどよりも速く動いている。

確実にときめいている。苦手な相手に。



「ごめん、あたし分かんない」



やっと視線を離せて、下を向きながら答えた。

問題なんかこの状態で解けない。が何を考えているか分からない。

さっきの言葉があたしの頭をくるくる回る。あたしはどうしたらいい?



「違うでしょ?は俺のこと好きでしょ?」



そう自信満々に言うに驚き、あたしはまた顔を上げた。そしてまた、視線に捕まった。

にやりと口の端を持ちあげる不敵な笑みに、思わず見とれてしまった。

こいつからは逃れられない。本能がそう伝えている気がする。その証に、あたしはまだ視線を離せないでいる。



「好きかもしんない・・・」



一瞬視界が揺れて、気がつけばの腕の中にいた。



「は、離してっ、」

「いい?これからは俺の前だけでもいいから、素直になること」



耳に届く掠れた声に、どきどきしてしまうのはなぜなのだろうか。

そしてやはり、有無を言わせない存在である。



「う、ん・・・」

「あと、これからはね?俺何回も呼んでるんだから。いいよね?」



真っ直ぐな、勝気な瞳で見られ



「うん・・・」



こうしか言えなかった。







苦手だったが、彼氏になって「」と呼ぶようになった日。

少しだけ先生に感謝かな?だけど、もう二度と一人で補習はしたくない!